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（日暮れの鐘）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　3 / 6

私はこの半年ほどの間、朝に夕に微かに聞こえてくる梵鐘の音に何故か 　　心惹かれていた。朝の鐘は夏頃から意識していたのだが、夕べの鐘 に気 　　が付いたのは師走も近くなってからである。朝の鐘 は六時半の起床前に、 　　夕の鐘 は五時少し前に自室で机に向かっている時に耳にすることが多い 　　が、いずれも北の方角から聞こえるように感じられた。それを、つい最近ま 　　では築地本願寺・和田堀廟所 （杉並区永福一丁目） の鐘だと思い込んで 　　いた。 　　　このお寺は我が家（世田谷区松原三丁目）の北北東、直線距離で四百メ 　　ートルほどの近距離にある。お寺を持たない当家は、父母の年忌法要をこ 　　こでお世話になっていたから、私はこれまで何度も足を運んでいた。 鉄筋 　　コンクリート造りの本堂の二階に立派な鐘楼が在るのを見ていたのだ。聞 　　こえる音が意外に小さいのは寺の前を甲州街道（国道２０号）が走り、その 　　上に載っている首都高四号線の高架と、両道の騒音が邪魔しているため 　　だろう、と勝手に解釈していた。 　　　念のために鐘を撞く時間とその意味合いを確かめてみようと、散歩のつ 　　いでに和田堀廟所を訪ねてみた。ところが、同所は朝も夕も鐘は撞いてい 　　ない。鐘が北の方から聞こえるなら永福寺の鐘ではないか、と言うのだ。 　　予想外の返事に一寸戸惑ったが、それならこの際 音源を確かめてやろう 　　という気になった。 　　　小春日にも似た師走の一日、昼下がりにぶらりと探索に出る。とりあえず 　　の目的地を永福寺と定めて、和田堀廟所の西側、甲州街道の裏通り沿い 　　に並ぶ寺院の様子をうかがいながら歩いていると、立派な鐘楼の有る寺に 　　行き当たった。曹洞宗 ・天長山永昌寺だ。 門前の案内板には、寛永元年 　　（１６２４年）江戸四谷塩町に建立されたものを明治四三年に当地へ移転し 　　たとある。庫裡で案内を乞い、出てきた和尚に梵鐘の事を訊ねると、毎朝 　　六時半に七声を撞くが夕には撞かない、当寺は鐘撞きから一日の修行が 　　始まる、と言う。 礼を言って永昌寺を辞し、永福寺のある北へ向かいなが 　　ら、永昌寺は我が家からは北西方向に在るのだが、と首を傾げる。 　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ