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（日暮れの鐘）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　4 / 6

十分ほどで曹洞宗・万歳山永福寺に着く。町名の元になっているお寺だ。 　大永二年（１５２２年）開山とあるから、永昌寺より百年は古いことになる。 　境内東隅に永昌寺と同規模の鐘楼があった。しかし、近寄ってみると、撞木 　に引き綱も無く、埃を被った全体の様子から 毎日撞いていないのは直ぐ見 　て取れる。 　　当てが外れた。仕方なく永福寺の東に流れる神田川沿いを下流に向かっ 　て歩いて行く。和泉町に入って間もなく、北岸の高台に大きなお寺が見えて 　きた。参道の石段を三十段ほど上がると、山門に泉湧山・医王院龍光寺と 　ある。真言宗のお寺で、承安二年（１１７２年）開山。 山名が所在地杉並区 　和泉の起源だという。案内板によると、立派な梵鐘は区内では最大らしい。 　庫裡を訪れて鐘について訊ねると、出てきた和尚は、「毎日夕刻に撞くが、 　何時とは決まっていない。暮れたから撞く日暮れの鐘だ」と、極めてぶっき 　らぼうだ。はて？ とは思ったが、そのまま引き下がる。和尚の物言いから 　して、それ以上の注釈を加えることはまずあるまい、と直感したからだ。 　　時刻は四時半をまわっていた。少し待てば、いつ撞くかは確かめられる、 　と神田川の遊歩道をゆっくりと戻り始める。陽は既に没し、西空には夕焼け 　の残照が僅かに留まっていた。永福寺の近くにかかる頃、グオーン と今来 　た方角から鐘の音が聞こえ始める。時計を見ると四時五四分。 ああ、これ 　だ。私が夕刻、時々耳にしている鐘の音であった。 　　地図で調べてみると、龍光寺は北北東、直線距離で一・一キロ。 我が家 　と和田堀廟所を結ぶ延長線上に在る。これで夕刻の鐘の音源がはっきりし 　た。しかし、朝の鐘も同じ方向から聞こえてくるような気がしてならない。音 　源が永昌寺だとしたら、同寺が北西の方角 ○・五キロ にあるだけに奇妙 　な気がする。 　　そしてその後、何回か朝の鐘を聴きながら、ようやく答が出たように思っ 　た。音の回折ではなかろうか。我が家と永昌寺の間には甲州街道沿いに長 　いビルの壁があるが、その壁は我が家の北側で少し途切れている。北西方 　向から来る鐘の音はその部分で回り込み、さらに反射されて我が家まで伝 　わってくる。 それがあたかも北の方向から来るように感じられると推察した 　のだ。 　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　　　次頁へ