前頁へ　／　次頁へ

（日暮れの鐘）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　5 / 6

それにしても、夕の鐘が五時少し前に撞かれる理由は何だろう。龍光寺 　　の和尚から聞き損なってしまい、あれこれと考えた。 我が家の近くの児童 　　公園では、毎日五時定刻にスピーカーで時報のチャイムと童謡「夕焼け小 　　焼け」を流す。恐らく龍光寺の周辺でも同じようなことが有るのではないか。 　　そんな事を想像して、暮れも押し迫ったよく晴れた夕方、神田川 沿いに龍 　　光寺の周辺を散策してみる。すると、五時五分前から寺の鐘が撞き出され 　　た後、少し間を置いて五時定刻に、近くの児童公園辺りのスピーカーから 　　「夕焼け小焼け」のメロディーが流れ始めた。 　　　和尚は 鐘の音 が童謡のメロディーと重なるのを避けていたのだ。と言う 　　よりは、スピーカーから流れる童謡の歌詞に合わせて、直前に「山のお寺 　　の鐘」を鳴らしてやろう、という粋な計らいをしてくれているのではないだろ 　　うか。そう考えると、先日の和尚のぶっきらぼうな答えようが、そうならざる 　　を得なかった、と理解できるのだった。 　　　我が家の南方一・七キロの距離に曹洞宗・大渓山豪徳寺（世田谷区豪徳 　　寺）がある。 井伊直弼の墓があり、招き猫の御本家（猫塚を祀っている）な 　　ので良く知られている。 私は最近になって、この寺で夕方五時定刻に時鐘 　　を撞いているのを知った。ところがその鐘の音は、距離のせいと言うよりも、 　　我が家の周囲の 雑音 にまぎれて聞き取ることが出来ないのだ。 その点、 　　龍光寺の場合、真の理由はともかく、正五時から 少しずらして 撞いている 　　から聞き取れているわけだ。 　　　実生活の上で日常何のつながりも無い隣り町の寺。その寺から毎日、風 　　に乗って一つの営みのメッセージが届く。 面白いと言えば面白い。そして、 　　そのようなものを面白がっている今の自分の境遇を、随分暇になったもの 　　だと内心大いに嘆いているこの年の瀬である。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１９９７年１２月） 　　　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ