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富 士 を 登 る　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 7 / 8

五 　　　八合目から下へ向かうころ、私の体内時計は少し異常をきたしていた。夜 　　中に起き出し、夜通し動いていた影響であろう、朝日を浴びて歩きながら自 　　分がまるで午後のどんよりした陽射しの中に居るような錯覚がある。そんな 　　状況下で、私はこの登山に何か一つ物足らないものを感じながら砂礫の道 　　を下り続けていた。やがて五合目に近づき、僅かな木陰に入ってほっと一息 　　つくに及んで、その物足らなさが、それまで経験した幾つかの山行と違って、 　　樹林帯の歩行がほとんど無かった行程に因ると思い当たったのだ。 　　　もともと五合目までバスを利用する一般コースでは、登行開始後直ぐ森林 　　限界を抜けてしまい、そのあとは植生も疎らな砂礫の行程になる。多くの人 　　がこれらのコースを辿り、「富士山は瓦礫の山で趣が削がれる」 と評価を下 　　し、登山の対象としては二度と顧みないようになるのも事実らしい。 私は自 　　分が同じ轍を踏んでしまったことに気が付いた。 自動車道路の整備がもた 　　らした便利さに甘えて、ついついお手軽なツアーにのってしまったのは極め 　　て軽率だった。 　　　富士山を知るためには、やはり裾野に展開する巨大な樹林帯を避けて通 　　るべきではない、と私は改めて思うのだ。深く、長い樹林帯の登行は辛いが、 　　それがより味わい深い富士登山を実現してくれるのではなかろうか。 　　　「一度も登らない馬鹿、二度登る馬鹿」 　　　と言われる夏の富士山頂登山。　一度登頂した人にはよく「お中道巡り」が 　　薦められると聞く。富士山の中腹、五合目、六合目あたりを一周する周回コ 　　ースで、改めて富士を知るのに良いコースだと言われる。 　　　ただ、私の場合、再び富士に登る機会を作るとしたら、「お中道巡り」を試 　　みるよりは、富士吉田口ルートを使って、馬返し（一合目下）から、敢えて富 　　士山に「二度登る」愚を冒してみたいと思っている。なにしろ初めての登頂で 　　はお鉢巡りをし損ない、九仞の功を一簣に欠く悔いを残しているからである。 　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１９９７年１１月初稿／２００１年６月改稿） 　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ