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富 士 を 登 る　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 6 / 8

四 　　　山頂にとどまること約一時間。午前五時半頃、未練を残しながらも下山の 　　途についた。 ツアーの集合時間と、お鉢巡りや下山に要する時間を勘案す 　　ると如何にも無理がある。二人の体調も考慮してお鉢巡りを諦めた訳だ。 　　　ゆっくりとしたペースで登ってきた道を下って行く。 陽が昇ったとはいえ、 　　山頂ではようやく薄霜が融けかかった頃合いだ。 登山道の岩影を見ると、 　　まだ白いものが残っている。 ゴツゴツした溶岩の急坂を九合目あたりまで 　　下ると身体も温まったのか妻も大分楽になった様子だった。 この頃、私は 　　登山者の列と交錯して道をよけながら、ようやく自分たちが下山道を下って 　　いなかったことに気が付き、いささか慌てる。 　　　私の少し前を、いまや快調に歩いていたカミさんは、既にそのことに気付 　　いていたらしく、八合目に到った時、さっさと登山道を外れ、数百メートル右 　　手を走る下山道の方へトラバースしていった。 　　　下山道はまさに砂礫の道。 砂にこぶし大の石が混ざる起伏のない下り坂 　　が続いている。足の運びようによっては滑りやすく、バランスを失いやすい。 　　健脚の持ち主であれば、一気に駆け下ることも可能であろうが、登行時の 　　疲れが抜け切れていない中高年の脚には、唯々長い忍耐の行程になった。 　　　だだっ広い富士の山腹は陽を遮るものは何一つ無い。砂礫の赤茶と岩蓼 　　の緑のコントラストが強烈な、やけに明るい大空間だ。 眼下の山麓には自 　　衛隊北富士演習場が展開し、その右手には山中湖が気だるく横たわってい 　　た。全体が霞んでオブラートに包まれたような眺望の中で、西側斜面越しに 　　覗く南アルプスの山々がひときわ青く、清々しく感じられる。何時からとはな 　　く演習場の方角から銃の発射音が聞こえていた。乾いて澄んだ音である。 　　私はその音が 別世界 から届くもののように感じながら、ひたすら重い脚を 　　送り続けていた。 この富士の大きさと、同時にその単調さというものを嫌と 　　いうほど体感しながら。 　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ