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異 常 気 象

カミさんの苗木の買物に付き合ったのは五月四日の夕刻だった。下高井戸 　　駅の近くにある顔見知りの店で、前から頼んでおいた石楠花を 一株買おうと 　　いうのである。 　　　細い路地に面したその苗木屋の店先では、季節の草花が賑やかに道路の 　　上にまで並べられ、六～七人の客がしきりと物色していた。どうやら胡瓜やト 　　マト、茄子などの野菜の苗も入荷したばかりらしい。 店主夫婦が客の応対に 　　大わらわの様子だ。その店主を掴まえて一言二言交わすうちにカミさんがい 　　ささか御冠となった。 　　　その親父さんから、「石楠花だったら、もう少し後にした方がいいね。今度 　　の連休あたりに来てごらん」と言われたのが四月の半。その言葉通りにやっ 　　てきたのだ。ところが、店先に並んでいる五、六鉢の石楠花は全て花が開い 　　てしまっていて、蕾の残っているものはない。 蕾からの開花を愉しみ、花が 　　終わってから 移植したいと話していたのに、全部咲いてしまっているじゃな 　　いか、という訳だ。 　　　「このところ、随分暑かったからねえ」 　　　店主も自分が言ったことを覚えていて、一寸ばつの悪そうな顔をしている。 　　確かに四月下旬にしては異常と思えるほどの高温が続いた。夏日が何日か 　　あったように思う。 　　　「お天気のせいだよ。おやじさんもお天気まで面倒見きれないさ。今は花を 　　愉しんで、蕾から咲かせるのは来年のお楽しみにしたら」と、私はカミさんを 　　なだめにかかる。別に店主の肩を持つ訳ではないが、新しい鉢の取り寄せを 　　待てるほど彼女は気が長いと思えないからだ。店主もすかさず提案してくる。 　　　「その値札は蕾の時に付けたものだ。咲いてしまったので、五百円引きに 　　するよ」 　　　「相手は生き物だし、仕方ないわね」 　　　と、しぶしぶ諦めたカミさん。　四本の枝が満開に近い薄紅色の一鉢を選 　　び、二千円を支払った。 　　　今年の季節の進み方は暦より少し早いようだ。夏野菜を植えるなら少し急 　　がねばなるまい。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１９９８年５月） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　目次へ