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ヘチマコロン

七夕の頃から花をつけ始めたヘチマが、未だに毎日多数の花を咲かせ続 　　けている。 　　　今春、樹勢の衰えた葡萄（確か「龍宝」と言う品種だった）を 新苗（ハニー 　　ブラック）に植え替え、それが育つまでの日除けにと、ほぼ十年ぶりにヘチマ 　　を植えてみたのだ。 葡萄棚を覆い尽くしたこの蔓草は、やがて二階へ伸び、 　　私の部屋の、ベランダの手摺り全面を絡め取ってしまった。お陰で私はこの 　　ひと月、自分の机に居ながらにして毎朝咲き替わる黄色い元気な花と大ら 　　かな緑の葉、目に見えて太って行く”巨大な胡瓜”の姿を愉しむことができた。 　　そして、今年はヘチマタワシを二～三本作ってみよう、と考えていた。 　　　しかし、程なく十五夜か、と気付いた時、私は、カミさんが ヘチマ水を取る 　　積もりでいるかも知れない、と思った。 ヘチマ水をたっぷり取るには十五夜 　　の頃が最適とされる。ところが、この頃は未だ実が成熟していない。茎を切 　　って水を取ってしまえば、まともなタワシは出来ないことになる。一本の蔓か 　　ら、ヘチマ水とタワシの二兎を追うのはなかなか難しいのだ。 　　　「ヘチマ水を取るのはいつ頃だったかなあ」 　　　私は早速カミさんに探りを入れてみる。 すると、カミさんはニヤニヤしなが 　　ら言った。 　　　「本当は、そろそろ、ね。 でも、十月に入ってからでいいわ。パタリロの実 　　績があるから」 　　　パタリロとは私の母のこと。私とカミさんの間だけで通じるあだ名だ。生前 　　の彼女は、隣家に住みながら、我々の家庭の中に神出鬼没だった。母の、 　　人の意表を突く行動パターンに呆れて、カミさんが子供アニメのキャラクター 　　になぞらえて命名したのだ。 　　　カミさんの話によると、その母が、十年前、私が十月中旬まで実を熟成さ 　　せた蔓から一升瓶一本の水を取ったという。それも、カミさんが半升ほど取 　　ったあとから粘ったのだ。それを見たカミさんが、 　　　「ヘチマのエッセンスはゼロかもね」 　　　と、冷やかすと、 　　　「バニラエッセンスでもいれてみようかしら」 　　　と、とぼけて見せたらしい。 　　　その母は七年前に八十六歳で亡くなったが、当時、母の顔には 皺が殆ど 　　無かったように記憶している。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１９９９年　９月） 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　目次へ