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富 士 を 登 る 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2 / 8

二　 　　　　　 　　　バスが富士スバルライン河口湖口五合目に到着した時、空はすっかり雲に 　　覆われていた。 総勢二六名のツアー一行は、正午過ぎにその日の目的地、 　　富士山八合目の山小屋を目指して登り始める。 日照りの中を歩かずに済む 　　とほっとする反面、天気が崩れるかも知れないという 気がかりもある空模様 　　だった。 　　　所々に石楠花の自生する背の低い樹林帯の間をゆっくり抜けて、やがて六 　　合目で吉田口登山道に合流する。 既に森林限界を過ぎ、樹木は全く見当た 　　らない。まわりの緑は、赤茶けた砂礫の中に四、五十センチの高さで群生す 　　るタデ科の草ばかり。その黄白色の花穂が萌葱色の葉と赤っぽい土の色に 　　映えて、私の目には新鮮に感じられた。 　　　体力のない年配者や子供づれにペースを合わせて休み休み登ってきた一 　　行に、ようやく七合目の山小屋が望めるようになった頃合いだった。 私が急 　　に風の冷たさを感じ、それまで捲り上げていた袖を下ろしている間もなく、あ 　　たり一帯が霧に包まれる。 　　　気がつくと、直前まで霞んで見えていた裾野はすっかり灰色の雲で覆われ、 　　上方も雲霧に閉ざされて見通しが利かない。 周囲を湿っぽい雲が風に煽ら 　　れて山肌を駆けのぼって行く。大きな雲にぶつかった時は視界が全く無くな 　　るほどだ。やがて大粒の雨が降り出す。今まで赤茶けて見えていた砂礫が、 　　瞬時のうちに紫黒色に塗り変えられて行く。 　　　一行は急いで雨具を取り出し、もどかしい思いでそれを着込むが、私には 　　その間、顔に当たる雨粒の衝撃が痛いほどに感じられる。そのうち、不気味 　　にも雷鳴が聞こえだした。 　　　「冗談じゃないよ！」 　　　と、私は内心大いに慌てる。 溶岩がころがっているだけで、身を隠す場所 　　が無い富士の山肌。薄気味悪いことこの上もない。 　　　隊列は無言で、ただひたすら山小屋へ急ぐ。この一時に限り、恐怖が疲れ 　　を吹き飛ばしていた。 十五分ほど必死に登り、なんとか七合目の山小屋に 　　なだれ込んだのだ。　 　　　濡れた衣服を着替える者、雨具を点検する者、暖かい飲み物で冷えたから 　　だに暖を取る者。俄の避難者で狭い小屋はしばらくごった返した。 そんな中 　　で案内人の声が響き渡った。 　　　「これからどんどん気温が下がります。雨に濡れて身体を冷やすと死ぬこと 　　もあります。皆さん、雨具の準備はくれぐれも万全に願います」 　　　　　　　　　　　　　　　前頁へ　　　　　　　　　　　　次頁へ