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愛しのキングフィッシャー　／　平成８年・カワセミ日記　　　　　　　　　　　　　 　1 / 10

出　逢　い　　［　９６．６．８　］ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 (1/3)

今日、気象庁が中国・四国地方の梅雨入り宣言をした。関東地方の梅雨入 　りも近い。 曇りがちではっきりしない空模様のなかを妻を誘って春先から続 　けている週末のウオーキングに出る。 　　世田谷区松原の家を午後二時半に出発、築地本願寺和田堀廟所裏から 　上流へ遡行して、神田川の水源・井の頭池を一周して帰路にかかる頃には 　既に五時をまわろうとしていた。川とほぼ並行して走る井の頭線の三鷹台駅 　を過ぎ、久我山駅手前の久我山中央緑地にさしかかる。ここは、流れが高さ 　一・五 メートルほどの滝となって落ち、その下流 約五十メートルの区間は水 　深があって、いつも多数の鯉が遊泳している水域だ。 カルガモやセキレイ、 　時にはコサギなども見かけることが多い。その緑地の、丁度なかほどを歩い 　ている時であった。先を歩いていた妻が急に立ち止まって、 　　「パパ、あの鳥は何だろう？」 　　と、声をひそめて私を振り返り、対岸の一点を指さす。 見ると、フェンス下 　のコンクリートの縁に小さな色どりの美しい鳥が川面を覗き込むような姿勢 　でとまっていた。この神田川では我々が未だ見たことがない鳥のようだ。フェ 　ンス後ろの植え込みが左右を邪魔していて、鳥の姿をよく見ようとすると正面 　に回らざるを得ない。相手がこちらを警戒して逃げなければよいが と思いつ 　つ、足音を忍ばせて鳥の正面に移動する。 　　川幅は十メートル程度であるが、幸い対岸の方が こちら岸より二メートル 　ばかり低い。しかし、こちらのフェンス越しに観察する我々の姿は、その鳥が 　ちょっと視線をあげれば丸見えの筈である。また、鳥のいる側は奥行き一メ 　ートル足らずの低い植え込みを挟んで、直ぐうしろは歩道なのだ。結構人通 　りも多く、静かな雰囲気とはほど遠い。 　　それにも拘わらず、四メートルほど下の水面を覗き込むその鳥は、周囲の 　気配に動ずる様子もない。植え込みの影に入っているため全体の色調は良 　く判らないが、大きさは雀を一回り大きくした程度である。体長に比し頭が大 　きめで、灰色っぽく見える嘴はかなり長い。我々がフェンスにもたれて、対岸 　から眺めているのを知ってか知らずか、川面を見つめるその鳥は微動だに 　しない。私は頭の中で （こんな場所にこの鳥が居るわけがない）と呟きなが 　ら、腰を据えて観察に入る。 　 　　　　　　　　　　　　　目次へ　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ