＜　かみさん と 私　＞

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蹴って、蹴って、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　1 / 2

もう７年も前になる平成８年の４月のこと。 　　　普段はどちらかと言うと出不精のカミさんが、 　　「一泊二日の講習会に出るからよろしくね」 　　　と言い出した。 　　「どうぞ、どうぞ。ところで、一体何の講習会なの？」　 　　　私は珍しいカミさんの申し出に興味をそそられ、訊いてみた。すると、 　　「今さらって感じだけど、自転車の講習会なの。 実は私、まだ自転車に乗っ 　　たことが無いのよ」 　　　とおっしゃる。 　　「へーえ、そんなことか！」と、私は大いに驚いたものだ。 　　　確かに結婚以来の２８年間、私はカミさんが自転車に乗る姿を見たことが 　　無かった。 長かった地方勤務では、買い物は社宅団地内の購買会で済ま 　　すか、車で町に出るかのどちらかだった。カミさんが自転車を必要とする状 　　況が寧ろ無かったように感じる。 当時の私はスポーツタイプの自転車を愛 　　用し、息子は中学校、高校の通学に自転車が必需品だった。 しかし、家族 　　揃って自転車を楽しもうという局面が皆無だったから、カミさんが自転車未 　　経験者であることに気が付かなかった訳である。 　　 受講を思い立ったその時、カミさんは５０代の半ばにさしかかっていた。 　　四十の手習いならぬ５０半ばの自転車講習とは、私には思いも及ばなかっ 　　たのである。 今、振り返れば、大学の修士課程を修了した息子が就職して 　　家を出た時期だったようだ。心配事が一つ片付いた、その開放感が働いて 　　の発想だったのかも知れない。 　　　講習会は以前から或る自転車関連団体が主催していた「女性のための自 　　転車教室」で、伊豆・修善寺町にある 「日本サイクルスポーツセンター」 が 　　会場だった。 講習を終えて帰宅したカミさんに私は早速、 　　「どうだった？　乗れるようになった？」 　　　と、訊いてみる。　 　　「もう、バッチリよ。 優秀な成績で修了したわ」 　　　そう言ってカミさんは胸を張った。 　　　話に拠ると、同じグループの受講者は ２０代から５０代 までの女性が約 　　２０人。実を言うと、募集要項は年齢５２歳までだったらしい。カミさんは歳 　　を一つ誤魔化して応募したようである。 　　　初日の講習は午後から。自転車の構造や特性について講義が有った後、 　　外に出て実技の講習だった。先ず、一人一人の受講者に自転車が貸し与え 　　られ、その自転車のサドルの高さを各人自分の体に合わせて調節させられ 　　る。 その高さは、サドルに跨った時にようやく足先が地面につく程度に固定 　　されるのだ。 それから、受講者はハンドルを握り、辛うじて下にとどく両足で 　　地面を蹴って助走の練習である。ある程度スピードが出ていないと、ペダル 　　に足を載せても安定を保てずに直ぐ倒れてしまう。 この講習会では、一般の 　　親が子供に乗り方を教える時のように、指導員が後ろで自転車を支えて受 　　講者にペダルをこがせるような指導はしない。 すべて自力で女性用の自転 　　車に乗れるようにするための様々な指導法が組まれているのだ。 　　　　　　　　　　　　目次へ　　　　　　　　　　　　　　　　次頁へ