＜　かみさん　と　私　＞

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ハニーブラック／2008　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　 1 / 3

７月半ばの梅雨明けを間近にひかえた真夏日の午後だった。 果粒の肥大化が進行中の葡 　　　萄棚を見上げながら私は傍らでアジサイの手入れをしているカミさんに 「今年は少し生らせ過 　　　ぎてしまったよ。また袋懸けが大変だ」 と愚痴をこぼしたのだ。するとカミさんは 「去年もそん 　　　なこと言っていたわよ。私が見る限り、今年は房の数にして去年の倍以上あるんじゃないの？ 　　　少しどころじゃなくて、めちゃめちゃに多いわね。これじゃ栄養が行き渡らないから果粒が育ち 　　　にくいし、それに樹が弱ってしまうんじゃない？」 と手厳しい。 私は「そうかなあ？　ちょっと確 　　　認してみるか」 と応じて家に入り、ノートをチェックしてみる。 2007年の収穫は累計５３房、重 　　　量 １２・３キロ と記録されていた。 直ぐ庭に出て果房を数えてみるとなんと１６０に近く、２倍と 　　　言わず３倍も有ったのだ。 ４月下旬から５月の連休にかけて一枝には一房と限定して花房の 　　　整理をしたが、残した花房がそのまま歩留まり良く成長したらしい。 私はカミさんに「袋懸けの 　　　時に弱小の果房は思い切って切り捨てることにするよ」 と言ったものだ。 　　　　早いもので、今年はこの葡萄の樹を植え付けてから１０年目になる。 品種名は「ハニーブ 　　　ラック」 という。 ３年目から実が生り始めたから今シーズンは８度目の結実ということになる。 　　　これだけ長く付き合えば当然のことながら私にもこの樹の特性はそれなりに理解出来ていた。 　　　施肥や剪定の要領、出易い病気や害虫対策、果実の成熟過程や収穫時期等については分 　　　かっていて、それぞれに自分なりの処方箋を確立して来た積もりだ。 ところが自分としては 　　　未だに解決出来ない問題が一つあって、今年もそれが頭に引っ掛かったままの取り組みと 　　　なっていた。 　　　　その悩みの種とは果房の着色が均一に進まないこと。例年、７月下旬から糖度の上昇が顕 　　　著になり、グリーンの果粒は僅かに透明感を増してから徐々に紅紫色に着色して行く。 しか 　　　し、その着色の進行が一房の中でも果粒によって遅速の差が著しく、果房全体を同じような 　　　着色状態にもって行くのがなかなか難しいのである。 着色の疎らな果房を放置しておくと、先 　　　に着色が始まった果粒は果房全体が色付くまでに熟し過ぎて落下するか、干からびて黒く 　　　ミイラのようになってしまうのだ。そのため、特段に着色の早い果粒がある場合は房毎に予 　　　めそれを摘去して収穫時の果粒の色のばらつきが小さくなるよう手をかけて来たのである。 　　　果房全体に着色の遅速があるのなら、それは主枝の新旧、日当たり条件等によって変わるの 　　　で仕方が無く、収穫時期をずらせば良いので対処しやすいのだが、この葡萄の場合は大半が 　　　前者のタイプになってしまうのだ。 　　　　しかし、この点についてカミさんの見解はこうである。我が家の葡萄棚は狭く、主枝も結果 　　　母枝も葡萄農家の様に平面的に配置出来ていないから先ず日当たりが同じ条件にならない。 　　　さらに、私が果房を残し過ぎる上にその仕立て（果粒の数や配置）が良くないので同じ房の 　　　中でも栄養配分が偏って均等な熟成が進まないのでは、と言うのだ。その拠り所の一つとし 　　　てカミさんが持ち出して来たのは彼女がこのハニーブラックの苗を取り寄せた時に付いてい 　　　た写真入りのタグだった。それには黒紫色・大粒の小ぶりな果房が鮮やかに印刷されていた 　　　のである。葡萄棚の実状と私の生らせ過ぎの事実を認めると私には反論の余地が無かった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　袋掛けが終了した葡萄棚　（2008.8.10 撮影）　＞

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